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1+1=2?:シトロエン公園

パトリック・ベルジェ、ジル・クレマン+ヴィギュール&ジョドリィ、アラン・プロヴォ、

1992、パリ

Andre Citroen Park,Patrik Berger,Gilles Clement+Viguier&Jodry,Alain Provost

中央のガラスのパヴィリオン。左は温室。右は展示スペースとなっている。

公園北側のパヴィリオンを焦点とするスロープと水の流れ。

北側のガラスのパヴィリオン

北側部分の立体デッキ。下は囲われた庭となっている。

南側部分の水の流れから北側方向を見る。

 シトロエンの工場跡地に計画された公園である。コンペにより、いずれも建築家+ランドスケープアーキテクトからなる2組のチームが選出された。両案、甲乙付けがたいということでそういう処置になったんだろうが、W杯の日韓共催みたいなもんで、両チームにとっては相手とどう折り合いをつけるかということが問題となったはずである。

 温室に向かって左側(北側)部分と2棟の温室をパトリック・ベルジェ、ジル・クレマンチームが担当し、向かって右側(南側)部分と芝生広場をジョドリィ、アラン・プロヴォチームが担当した。両案とも今はやりの空間のオーバーレイということが意識された計画であるので、合作といってもそれほど違和感はない。コンセプトはラ・ヴィレットにも通じるものがあるが、あちらほど純粋にコンセプチュアルというわけではない。コンペ案としてのインパクトとしては劣るが、出来た空間はこちらの方がまともである。ただし、パトリック・ベルジェ、ジル・クレマンチームが担当した左側(北側)の部分の方が断然良く、ジョドリィ、アラン・プロヴォチームの計画はいま一つぱっとしない。

 コンセプトもいいけど、公園なんだからくつろげる気持ちのいいスペースどうつくられているかが一番重要である。そういう意味で、囲われた庭を中心とした左側(北側)の部分の方が良い。デッキとパビリオンという人工的な要素が絡んでいても、緑が多いのであまり気にはならないし、レベル設定もうまく考えられていて、歩いていても楽しい。囲われた庭がユニークでくつろげるスペースが随所に用意されている。なによりも公園に来た人が自分の居場所を見つかられるのがいい。それに対して右側(南側)の方は建築的な要素が多すぎて今ひとつ落ち着かない。アクティビティーが高い場所なら人工的な空間もあり得ると思うけど、こういう場所ではやはり緑が多い方がくつろげる。第一木陰なしでどうやって休めというのか。人をくつろがせるということよりも自らのコンセプトを実現するということが第一になっているのがどうも気にかかる。

 ラ・ヴィレットとシトロエン公園を実際に訪ね、コンペで選ばれた3案を比較してみると、コンセプト自体が空間の質を決定するわけではないという極めて当たり前の事実が浮かび上がってくる。もちろん、コンセプトの重要性に意義を唱えるつもりはない。だけど、出来上がった空間の質をないがしろにする観念ゲームはもうたくさんだ。

 コンセプトが空間に結びつかないのは、第一には設計者の力量不足が原因だが、コンペのシステム自体にも問題がある。本来、コンペというものは、紙とか模型とかで表現されたものが現実の空間に置き換わる際にどういう質の空間が生まれるのかということを最も重要な審査基準にすべきである。でも、実際は単に観念的なコンセプトだけが評価の対象になる。そういう審査で選ばれた案は一見一目をひいていても単にコンセプトの面白さのみを追求しただけなので、出来てみるとな〜んだということになる。現実にはあり得ないからこそユニークな案だったりする。空間に対して最も無責任な案が堂々第1位に選ばれるのだ。コンセプトを空間に置き換えるのではなく、いい空間を生むためのコンセプトをすくい上げるのが目的なのに、どうも順序が逆になっている。空間の質なんていうのは全く設計者任せという心許ない状況である。そういうコンペでは、応募者は、空間の質を考えるなんていうめんどくさい手順を踏むよりもコンセプト自体を手っ取り早く表現する方に精力をそそぐのは当然である。単なる観念論者か才能ある建築家か、その見分けがつかないようなシステムはただちに廃止すべきである。

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