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2004/08/14(土):琉球アンダーグラウンド

 吉祥寺にレアレコードっていう中古レコード屋があって良く立ち寄るんですが、その名のとおり、小さい店の割に結構マイナーなものも置いてあって値段も安いので、重宝しています。今日はそこでCD5枚、HMVで新品を2枚、一日で都合7枚のCDを買ってしまいました。これって自分的には過去最高記録かな?

 7枚のうち、まだ3枚くらいしか聴いていないけど、ムムムと思ったのが、琉球アンダーグラウンドの“毛遊び(Mo Ashibi)”。既に持っている3枚のCDよりも、このCDが一番良かった。“琉球アンダーグラウンド”は「米カリフォルニア生まれのジョン・テイラーと、英ニューキャッスル生まれのキース・ゴードンが、1998年10月、沖縄で出会った事からスタートしたユニット」。琉球民謡をPOP MUSICに取り入れている人はたくさんいるけれど、ほとんどがうわべだけのチープな音楽に成り下がっている。でも彼らは違う。琉球民謡としてではなく、超モダンなポピュラーミュージックとしてすんなり聴けてしまうけど、琉球の魂がしっかりと音楽の中に埋め込まれた正真正銘のフュージョンミュージックになっている。

 J-WAVEで彼らの音楽を初めて聴いた時、惹かれたのは実は演奏よりもむしろヴォーカルの方だった。最近は、琉球民謡というか島歌を聴く機会も随分多くなったけど、ラジオから聞こえてくる歌声だけでも何かが違う。ずっとずっと気になっていたので、この機会にネットで検索して調べたら、内里美香という人。1980年生まれ、23才。若くとも実力は抜群で18才で既に琉球民謡のコンテストで優勝していたというから凄い。賞うんぬんはともかく、彼女の歌声がいいのは、歌声にガツンと突き上げてくるエネルギーを感じるところ。やっぱり、歌は魂のうねりを声に変えるものじゃなくちゃね。技術的に優れていても、こぎれいな歌しか歌えない歌い手はあまり好きじゃない。

 最近は、CDの売上げが伸びずCD不況とか言われていて、音楽が停滞しているように思われているけれど、それは中高生向けのジャリタレミュージックがバカ売れする時代ではなくなったからで、マイナーな音楽はむしろ充実してきているように思う。Mondo GrossoJazztronikChieジムノペディーそして琉球アンダーグラウンドなどなど。最近になって知ったこれらの人達の音楽はとてもいい。売れる音楽というのは、キャッチーなサウンドを量産できるかどうかにかかっていて、小○哲哉とかが力をふるっていた90年代の方がむしろヤバかった。今でも売れ筋のものは大衆に媚びたチープなものが圧倒的だけど、ヒットチャートの上位が売れなくなってきたおかげで、売れる音楽と売れない音楽の境界があいまいになってきたことは音楽にとってはむしろいいことだという気がしている。

P.S.最近発見したものでは、菊地成孔Date Course Pentagon Royal Garden”ていうバンドがすごく良かったです。マイナーな人ばかりですが(笑)。。。

2004/05/30(日):人ごとではない巨大建築の倒壊

 先週の日曜日の深夜から月曜にかけてアクセスカウンターがもの凄い勢いで増えたので、どうしたもんかと思い、訪問者のリンク元を調べてみたら、例のシャルル・ド・ゴール空港ターミナルの崩壊の事件で、“2ちゃんねる”のスレッド(掲示板)からリンクが貼られていた(シャルル・ドゴール空港第2ターミナル崩壊)ことがわかりました。当サイトのフランス現代建築のコーナーでシャルル・ド・ゴール空港の新ターミナルについて紹介しているのです。実は、トップページのカウンター以外にも、ページ毎のアクセス数、アクセス元(IPアドレス)、リンク元についても記録を取っているのですが、ド・ゴール空港を紹介したページには、数日間で3千件以上のアクセスがありました。“2ちゃんねる”っていうのはやっぱり凄いんですね(笑)。ネタにされていないか、あるいは変な悪さをされないか、一応の警戒は必要かもしれません。

 今回、倒壊したのは昨年完成したターミナル2Eの一部で、私のサイトで紹介しているのは2Fです(ターミナル図解)。メインのコンコース部分は2Eも2Fも同じようなトンネル状のシェル構造のデザインになっていますが、今回崩壊した部分は巨大なコンコース部分ではなく、搭乗口から飛行機に乗り込むまでのサテライトと呼ばれる部分です。巨大な方が壊れたのではなく、ずっと規模の小さなサテライトの方が壊れたわけですから、根本的な考え方自体に無理があったとは思えませんが、設計か施工のどちらかに重大なミスがあったことは間違いないでしょう。

 日本でも昨年、新潟の朱鷺メッセの連絡通路が突然崩壊するという事故がありましたし、ロシアでも完成して間もない巨大屋内プールの屋根が突然崩壊するという事故がありました。世界中で完成間もない巨大建築の倒壊が相次いで起きたのは単なる偶然ではないような気がします。コンピューターによる構造解析技術が進んで、アクロバティックな巨大構造も容易にできるようになりましたが、このような一元的な構造はちょっとした間違いが全体に波及しかねないし、どこかで重大な間違いがあっても発見しにくいのです。特殊な構造、巨大な構造への欲求というのは、必ずしも否定されるべきではないと思いますが、やるなら、通常の建築物以上に、責任の所在の明確化と、お互いをフォローし合う体制というのが、必須であるように思われます。

 本来、施工者は設計の内容を十分に理解するべきだし、設計者は施工の監理をするべき立場にあるわけですから、崩壊したということはどちらが原因にしてもどちらにも責任があるでしょう。フランスやロシアがどういう制度になっているかはわかりませんが、少なくとも日本では、役所も建築確認の際には構造的なチェックを行わなくてはなりませんから、役所に責任がないわけもありません。朱鷺メッセの事故では、関係者が互いに責任を押しつけあっていて、見苦しい限りです。

 なんでもない平常時に突然壊れるというのは、論外だと思いますが、ここまで極端でなくとも、構造の怖さっていうのは、地震や台風など巨大な力が建物に加わった時じゃないと問題が露呈しないっていうことなんですよね。いったん作られてしまえば、どの建物が危険かは一般人はおろか専門家でも容易にはわかりませんから。こればかりは作る過程でチェックを何重にもするという以外にありません。それと数字だけを盲信しないということも重要です。入力値が大きく違っているのに、気が付かないまま進めてしまうというのは、現代のようにものごとがブラックボックスに包まれている時代には容易に起こりうることです。自分のところは今のところそれほどアクロバティックな建物を設計しているわけではありませんが、本当に人ごとではない今回の事件です。

2004/03/22(月):動かない自動車

 古い建物を見ていると、昔の人の知恵や技術に感心する反面、これで良ければ設計も楽だなあと思うことが良くあります。エアコンの置き場所で悩む必要もないし、配管ルートを考える必要もない。スイッチや照明のゾーニングも考える必要もないし、床暖房と床材の相性を調べる必要もない。台所といえば竈があるだけ。電気はなく、便所は離れ。要するに設備というものが全くないわけです。いまや設備のない建物など考えられませんが、設備に対する要請は年々高まっていて、今や建物はあたかも“動かない自動車”ではないかと思えるほど設備がフル装備の状態になっています。

 設備を考える際には、大きく2つのポイントがあるように思います。ひとつは建物に求められる性能を機械的な装備としてどのように置き換えていくか。もうひとつは置き換えられた装置を空間の中にどのように組み込んでいくかという点です。巨大な建物であれば、いわゆる設備計画というのを立て、建築全体における設備の位置づけというのを検証するのは当たり前のことですが、住宅レベルになると設備への取り組み方はそれこそ千差万別。設計者でも意識の高い人とそうでない人との間にはかなりの開きがあるような気がします。

 まず大事なのは、建築に求められる性能のうち、どのような点についていわゆる機械的な解決法によるのかを考えること。前にもこのコーナーで書いたことがありますが、窓をつけることで解決できることなら、なにもわざわざエコ設備を導入するまでもないわけです。でもまあ一般的に言って、都会では空調なしの住宅というのは考えられませんし、田舎でも冷房はなしということはありえても暖房無しというのは考えられないでしょう。いまさらお施主さんに火鉢ひとつでガマンしてくださいなんてとてもとても言えません(笑)。ですから、冷暖房ひとつとっても悩み狂うことになるわけです。

 とにかく方式だけを羅列してみても、ヒートポンプエアコン(電気orガス)、床暖房(温水or電気or空気)、パネルヒーティング(電気or温水)、ファンヒーター(石油orガスor電気or温水)などがあり、場合によっては、暖炉や薪ストーブ、床下暖房なんてものを入れようというケースもあるでしょう。ソーラーシステムや換気方式との関係も考えなくてはなりません。さらに細かく言えば、温水床暖房と一言でいっても、熱源は石油、ガス、電気の3種類あって、それが給湯器とも組合わさってくるし、出力側ではパネルヒーターやファンヒーターとも組合わさってくるわけです。何をどのように使うべきかはそれこそケースバイケース。メリット、ディメリットがあるからいろんな製品があるわけで、それらを取捨選択するだけでも相当な知識と気力が必要です。

 そして、次には選択した装備をどのように空間に入れ込むか。もちろん、これは後から考えるべきことではなく、最初の段階から同時にイメージされていなくてはならないのは当然です。でも、設備と空間がぴったりあえばそれこそいうことはないですが、大きなビルならまだしも住宅レベルだとそれほどきれいには解けないのが普通です。設備のことばかりを考えてはいられないからです。OMソーラーなどはまさに設備と建築が一体化したものですが、過去の事例を見てもOMのシステムと建築空間とが見事に一体化したものは意外に少ないように思います。

 一方でなんでもとりあえずつけとけば機能するのが設備というもので、部屋名と設備の名称を書くだけでも、ちゃんと機器は取り付くし、極端な言い方をすればそれでいいという人もいるわけです。賃貸物件とか建売住宅とかはまあそんなもんでもやむ無しという面はあるでしょうが、建築家が設計したものでも「これで良ければ悩む必要なんてないじゃん」ていうレベルのものは良く見かけます。せっかくきれいな壁なのに、どうしようもないデザインのエアコンが唐突につけられている。しかも配管は露出。シンプルな外観に、配管、ガスメーター、空調室外機などが無造作に取り付けられている。一方で、きれいな壁にスイッチやコンセントが付くことを嫌い、それらを必要以上に省略してしまう人もいます。入居する前は確かにきれいなのですが、いざ人が住まうとタコ足配線が部屋中をぐっちゃぐちゃ。電気をつけるのにもいちいち遠いところまで歩かなくてはならないわけですから、それはそれで問題です。

 設備を考える上でネックになるのは、製品として作られているものが、使い勝手や施工性はそれなりに考えられていても、デザインに関する配慮がものすごく希薄だという点です。水洗金具や衛生陶器などはそこそこデザインも考えられていて、輸入物という選択肢もあるのでまだいいですが、困るのは“電気物”。エアコンはどこの家でも必須アイテムだというのに、デザインはほぼ全滅。照明器具も使えるのは全体の中でごく一部です。換気扇やスイッチプレート、インターホンなどはメーカーが限られているのでそもそも選択の余地がありません。膨大なカタログの中からとにもかくにも「よりましな」ものを拾い出すことを、私は“Negative Selection”と呼んでいるのですが、よりどりみどりの中からどれにしようかと悩むのとは違って、そのような作業はおせじにも楽しいものではありません。

 伝統的な建物が人間を住まわせるための大きな道具だとすれば、現代の建物はまさしく「住むための機械」。コルビジェはこの言葉を比喩として言ったのだろうと思いますが、今は比喩ではなく文字通りの機械となりつつあります。「建築の機械化」という方向性にはイマイチ納得行かない部分もありますが、好むと好まざるにかかわらず、これからの建築はますます機械への依存度を強めていくことでしょう。

2004/01/28(水):音楽過剰の日々

 最近、自分的には音楽の“仕入れ”が急激に増えている。HMVにもTSUTAYAにも週2回以上は顔を出してるし、ここ1ヶ月だけでも買ったり借りたりしたCDは数十枚にものぼっている。そんなにたくさん仕入れて聴いている時間があるのかって? 実は、ないんです。中にはちゃんと聴いているものもあるけれど、取りあえず、ちょっとだけ聴いてパソコンに入れっぱなしになっているものの方が多い。なんでそこまでして急に仕入れているかと言うと、ここ10年くらいの音楽欠乏症の反動だと思う。

 20代の頃はそれなりに自分の聴きたい音楽を探して聴いていたけれど、だんだん耳が肥えてきて、自分の好みの音楽が容易には見つからなくなり、最近は音楽への期待感も急速にしぼんでいた。もちろん、その間も聴くには聴いていたけれど、まあ、はやっている音楽をつまみ食い程度に聴く程度。最近になって急に盛り上がってきたのは、欠乏症の反動もあるけれど、インターネットとパソコンの進歩によって、好みの曲が見つけやすくなったことが大きい。

 かつては、自分の聴きたい音楽を探し出すことは容易ではなかった。どこかで聞いた音楽がいい曲だなと思ったとしても、あとから確認することはほぼ不可能だし、レコードショップへ行って、聴きたい曲を探そうにも能書きやジャケットからの情報だけでいい音楽にであう確率など、砂浜でコンタクトレンズを探すくらい難しいことだった。

 でも、今は違う。J-WAVEから流れて来る曲はパソコンさえ立ち上げておけば、画面上に曲名がリアルタイムに表示されるし、ネットを使えば、それこそありとあらゆる音楽情報が手に入る。視聴ができるサイトもあるし、音がなくても、いろんなレビューを読め比べれば、なんとなく見当はつく。お店に行けば、CDのバーコードをかざすと、曲の一部が次々に再生されていくシステムもある。視聴ができないものや買うほど思い入れがないものは、取りあえず、レンタルショップで借りてパソコンにぶち込んで置けばいい。MDに落とすよりも、圧倒的に読込時間が早いし、タイトルはiTunesが自動的に登録してくれるので、手間がかからない。

 もちろん、マイナーな音楽は今でもヤマ勘に頼るしかない。でも以前のように3枚も4枚も買い込んだ割には1枚も当たりがなくガッカリということがなくなったのはありがたい。取りあえず、今攻めているポイントはフュージョン・クラブミュージック系と女性ヴォーカリスト系。もう少し開拓が進んだらウンチクたれますんで、その時はよろしく(笑)。

2004/01/17(土):9年が過ぎて思うこと

 日々の生活で何が一番怖いって、地震ほど怖いものはない。阪神・淡路大震災から早くも9年が過ぎ、次第に記憶も薄れつつある。これからは、9月1日だけでなく1月17日も地震の記憶を呼び戻し、気の緩みを戒める日とした方がいいのかもしれない。

 地震によって壊れない建物を作ることは設計者にとっての至上命題ではあるけれど、実際に大地震を体験し、なおかつ、自分の設計した建物が揺すられてみなければ、本当の意味での地震のことを考えた設計なんてできるわけはない。でも、いかんせん経験したくても出来ないのが大地震(そして出来ることならば経験したくはない)。だから、せめて他人の経験を追体験したり、想像力を最大限に働かせて、来るか来ないかわからない日に備えるより他はない。

 9年前の震災の後、せめて自分の目で被災地の様子を見ておきたいと思い、街が少しずつ平静を取り戻す頃を見計らって、神戸の街を訪ねたことがある。大学の時の友人が運悪く被災し、そして運良くごく軽いケガだけで済んだので、お見舞いを兼ねて出かけたのだった。

 訪ねたのは、震災から2ヶ月が経過した頃で、電気が復旧したすぐ後だったと思う。友人はしばらくうまいものにありついていなかったので、営業を再開したばかりの神戸屋で食事をした。にこやかな人々の顔とおいしい食事。そこにいる限りは地震の爪痕など何一つ感じられなかった。しかし、一歩店を出て友人のいるアパートに向かうにつれ、そこには悲惨な光景が広がっていた。このあたりは川の近くで地盤が悪く、跡形もなくなっている建物やがれきのまま放置されている建物、一部壊れたままで無人のまま雨ざらしになっている建物など、まともな状態で建っている建物はほとんどなかった。その中で、友人のアパートだけが奇跡的にほとんど無傷の状態で建っていた。

 翌日、友人と2人で被災した街を歩いた。まるで鉄砲水の跡ではないかと思うほどぐちゃぐちゃに破壊された家の横で、何事もなかったように無傷のまま建っている家。あまりに見事なまでのコントラストに唖然とした。「○○ちゃん無事。どこどこへ避難」というような張り紙を見るたびにホッと胸をなで下ろしていたけれど、「○○さん一家は全員お亡くなりになりました」というような張り紙もあり、それを見ていたらなんだか熱いものがこみ上げてきて、大人が2人してさめざめと泣いた。

 生と死の境目はどこに存在するのだろう? 居住者にとっては「運」以外の何物でもない。どんな施主も「大地震でも壊れないような建物」を依頼しているはずだし、建築基準法でも耐震の規定はちゃんと存在する。ところが、現実には壊れる建物とそうでない建物にはっきり分かれてしまう。

 壊れた建物はありとあらゆる破壊のバリエーションを示していた。そのころは、中間階破壊のような今まであまり想定されていなかった破壊のパターンもメディアによって取り上げられていたので、こういう構造形式だとこのように壊れるのだなということも現地を見て良く理解できた。一方、尋常ではない壊れ方をしていて、どう考えてもこれは手抜き工事だなと思えるものも結構あった。鉄骨造のビルが溶接箇所でぽっきり折れていたりするのは、溶接不良以外はまずありえないだろう。

 建築家の設計する建物は特殊な構造のものが多いのにも関わらず、この時の震災では意外に被害が少なかった。なぜか? 恐らくそれは、きちんと考えられきちんと施工監理がされている建物が多いからだろう。もちろん、ちゃんと考えたからと言って、壊れないという保証はない。でも、少なくとも最悪の事態は免れるし、リスクが減らせることは事実だ。当たり前のことだけど、実際にもそのことが確認できたのは、救いだった。

 阪神・淡路大震災の後、プレハブの方が在来工法よりも地震に強いという風説が流れたがその理解は正しくない。プレハブは各メーカーの仕様があり、2×4にしても釘の太さやピッチまで決められている。だから、施工上のバラツキが生まれにくい。それに対し在来工法は、当時は大工さん任せ、工務店任せになっている部分が多々あって、いい加減な建物が生まれやすい土壌があった(現在は細かい仕様まで建築基準法の中に規定されている)。その差が現れただけで、耐力に関して構造的な優劣があるわけではない。きちんと考えきちんと施工すれば、基本的にどんな工法でも同じ耐力の建物にすることは可能なのである。

 このときの経験もあって、自分の場合、たとえ在来工法で構造計算が必要ない場合であっても、壁率だけで設計せず、構造事務所に必ずチェックを依頼することにした。やるだけのことはやっておかないと、自分の設計した建物がつぶれるところだけは見たくない。

2004/01/12(祝):アンバランスさが醸し出す危うい魅力

 最近、ちょっと気になっているのが中島美嘉。自分はふだんテレビをほとんど見ないので、つい最近まで彼女のことはあんまり良く知らなかった。ところが、去年の夏ぐらいからJ-WAVEで繰り返しかかる彼女の曲がどうもひっかかる。Jazz風の“Love Addict”、オリジナルラブをカバーした“接吻”、そして“雪の華”。どれもいい曲だし、歌声が心地よい。それに全然傾向の違う曲なのに違う感じで歌いこなしていることも興味を惹いた。そういう人って実はなかなかいない。この人もしかして本物?

 とりあえず、ファーストアルバムの“TRUE”を買ってみた。ファーストなのでちょっとぎこちないところはあるけれど、声に質感があって、心に響いてくるものはあった。

 セカンドアルバムの“LOVE”は発売日(11/6)に入手。アルバムの発売が待ちきれなくて買いに行くなんて20年ぶりくらいかも(苦笑)。こっちは、ちょっとびっくりするくらい出来が良かった。すごくインパクトがあるというわけではないけれど、なんかどっぷりと音楽に浸りきった感覚にさせてくれるのだ。そして、終わるとああもっと聴いていたかったのにという気分になる。曲も歌も実にすんなりと体の中に入ってきて、13曲、72分もあるのに、途中ほとんどダレがない。

 ダレがないのは、曲がいいことももちろんあるけれど、中島嬢のヴォーカルの力によるところが大きい。決して声量があるわけでもなく、音域が特に広いわけでもない。でも、あたかも寄せては返す波のように、こちらの感情に訴えかけてくる表現力の豊かさには正直言って驚いた。しかも、非常に個性的な表情を持ちながら、その個性が変な癖から唐突に生み出されたものではなく、感情の起伏をストレートに声にしようとする態度から自然に生まれているのがいい。だから、気持ちがすごく伝わるし、歌に自ずと引き込まれる。歌心があるというか、歌によって自らの“思い”を届けられるという点で彼女はずば抜けたものを持っていると思う。

 そして何と言っても特筆すべきは彼女の声。単に“きれい”というんではなく、“みずみずしさ”の中にも“憂い”のある声だ。声自体の質感が高いので、表現する世界に深みがあるし、いったん歌い出せば、多少音程がズレていようが声だけで勝負できてしまうのは強みだ。“雪の華”は彼女の声の魅力があればこそだし、彼女じゃなければ、あのような“みずみずしくはかない”世界はとうてい描き出せないと思う。

 CDが非常に良かったので、ライブ映像とか年末のテレビ番組もチェックしてみた。でも残念ながら生歌は今ひとつだった。魅力はあるのだけれど、とにかく安定感に欠けている。彼女、歌手としてはまだまだ半人前。基本的に、歌うことに対するトレーニングが足りていないような気がする。スポーツでいえば走り込み不足という感じ。

 表現者としての資質は素晴らしいけれど、実力がまだ道半ば。きっとそのアンバランスさゆえに、彼女への評価が最低から最高まで極端に散らばる結果を生んでいるのだろう。天性の声と歌うことへのハングリーさと類い希なアーティストパワー。そういった素晴らしい資質に、歌手としての実力が追いついたとき、彼女は本当の意味での優れたシンガーでありミュージシャンになる。これまでは気合いと集中力で乗り切ってきたようだけど、足元を固めないとこの先は危うさもある。空中分解する危険をはらみつつ上昇を続ける彼女。これからも少しハラハラしつつ楽しみに見守っていたい。

2003/12/31(水):ちょっとした気分転換

 今年もついに最終日。今年一年を振り返ると、3軒の住宅が完成し、いま手掛けているものもあるし、いろんな人に順調だねと言われます。でも実際はそれほど生やさしい状態ではありません。正直言って、前半あまりに飛ばしすぎたので、後半は息切れ気味。最近は少しペースダウンし、気分転換も挟みながら次の段階への準備を進めているという感じです。

 仕事をしてて一番気を使うのは、モティベーションの維持。作業としての設計は自分にむち打てばできますが、そんなんじゃとてもクリエイティブな仕事はできません。やはり、「やりたい」という思いを形にするんじゃなければ、とても良い仕事なんてできないと思うんです。放電ばっかりしていると、次第にやる気が失せていきますから、充電のことにも気を配らなくてはなりません。

 じゃあ、ゆっくり休んでから次の仕事に取りかかればいいじゃないと言われそうですが、お金というものは、仕事していようが寝ていようが同じように消えていくわけですから、半分休んだら、残りの半分は倍働かなくてはならない。それがこの仕事の辛いところです。世の中の効率化に関する考えは、クリエイティブワークには手間暇をかけ、そこでへこんだ分は、財やサービスを大量に売りさばくことで回収するという考えが一般的でしょう。ところが、僕らが関わっている世界は常に一品生産の世界ですから、手間暇かかった分を取り返す過程というものがそもそもないのです。

 だから、僕らのような仕事をしていると、ドドドって大きな休みを取るのが難しく、ちょっとした隙間のようなところをみつけて気分転換を図ったり、最悪、仕事をしつつも気分転換を図るとか、そういった知恵が必要になります。人に会ったりとか、音楽を聞いたりとか、あるいは買い物をするとか、ちょっと公園に行って寝たりとか・・・。どうしようもなく忙しいときは、移動するのもグリーン車に乗って、そこでせめてもの休息をとるようなこともしてました。年末年始は対外的な動きが一切止まるので、自分にとっては貴重な休みです。といっても何をするわけでもなく、実家に帰ったりしているうちにあっという間に終わってしまうと思いますが・・・。

 日記を書くって言うのもそれなりに気分転換にはなるのですが、今年はちょっと力が入り過ぎて、かえって書くことがおっくうになってしまいました。それじゃやっててあんまり意味がないと思うので、来年はまた、原点にかえってぐだぐだと書こうと思います。タイトルも“ぐだぐだ日記”に変えますかね(笑)。

 それじゃあ、良いお年を!!

2003/11/09(日):INFOBAR

 実物が良ければ、即、買ってしまおうと思い、いくつかの店を廻ってみたけれど、どこにも在庫がなく、入荷待ちの状態。まあ、売り切れというのは、十分予想していたけれど、予約すらできないというのは予想外。人気出ているとは思ったけど、まさかこれほどとはね。(INFOBAR by KDDI)

 仕方がないので、とにかく、店頭の展示モデルを手にとって眺めることでとりあえずはガマンすることにした。

 大きさは、思っていたよりも少し大きかったけど、質感や色は広告で見る以上に、良い。いいデザインというのは、恋するように一瞬のうちに人を惹きつけるものだけど、見た瞬間に「欲しい」と思った。“NISHIKIGOI”が思った以上にいい。赤がWEBで見るよりも落ち着いた色で、クリームやブルーとのバランスもいい。これもなかなか捨てがたいな。でも、40男が持つにはやっぱりちょっと辛いかな(苦笑)。無難といえば無難だけど、自分にはやっぱり“BUILDING”の方が似合うだろう。

 手に取ってみると、大きいと思っていた大きさも使い勝手的にはちょうど良い。液晶画面も十分に大きく、なにより、ボタンが大きいのが良い。タイルキーと称して、キャッチーな表現を前面に押し出してはいるけれど、実用的にもものすごく使い勝手が良いものだ。キーとキーの間に隙間がないのは、パソコンなどのキーボードと同じで別に目新しさはないけれど、キーボードのようにストロークを利用して打つ感じではなく、滑らせるように押せるのは、確かに新しい感覚だと思う。

 あたりまえのことだけど、道具として“使う”という視点で徹底的に練られたデザインということが良く伝わってきて、好感が持てる(*)。

 液晶やボタン以外の要素は、対照的にさりげなくデザインされていて、目立たない。タイルキーを最大化したおかげで、マイクすら前面ではなく底についている。レンズなどどこについているかわからないほどで、ちょっと見ただけではカメラ付きケータイには見えない。レンズの存在が希薄になっているということは、DIMAGE Xの登場の時にも触れたけど、カメラと被写体の関係を考える上で重要な変化だと思う。アンテナだけは、ビルトインというわけにはいかなかったらしく、にゅーっと突き出してはいるのが残念といえば残念だが、通信ツールであるという意思表示として、きちんとデザインに組み込まれているので、違和感はない。

 世の中のほとんどのデザインは“機能”に飲み込まれ、“機能”と単に戯れているだけだ。逆に、デザインを前面に押し出したものは、“表現”に機能をただはめ込んでいるだけにしか映らない。機能が前面に出るのではなく、かといって、表現が前面に出るのでもなく、ケータイという“ツールの意味”を再構築したデザイン。こういうものを本物の“デザイン”と呼ぶのだと思う。世の中の多くのダメデザインは、実は“デザイン”とは呼ばないのだ。

 ケータイというのは、お粗末な日本のインダストリアルデザインの中でも特にお粗末な分野だ。聞けば、電話会社がこれこれこういうものを作ってくれという仕様書をメーカーに発注し、メーカーはそれに沿うものをタダ作っているだけなんだそうだ。だから、日本の携帯電話は海外では全く競争力がない。INFOBARのヒットによって、2つ折りスタイルではなく、このようなストレートタイプのデザインが再びはやるだろうけれど、思想がなく、ただスタイルをまねっこするだけでは、オリジナルを超えることなど到底できないだろう。

 とにかく、買うことだけは決まった。2年間待った甲斐があった(2001/12/26の日記参照)。あとは、いつ買うかだ。実物を手に入れたら、また是非報告いたします。

 

注(*):デザインを重視した製品の中には、サインなどの視覚表示の部分やボタンなどの可動部を必要以上に小さくし、視覚的なインパクトの代償として、使いやすさを犠牲にしているものが実に多い。そういうものを私はちゃんとデザインされたものとして認めたくはありません。

 

P.S.:昨日(11/22)、“BUILDING”ようやく手に入れました。今まで使っていたのが世界最薄だったので(SANYO C405SA)、それと比べるとちょっぴり大きい。でも通話するのにはこれくらいの方がちょうど良い。ボタンも整理されていて使いやすいけれど、ロックボタン(キーやボタンを不意に押してしまわないようにロックするボタン)だけは、小さすぎて使いにくい。ストレートタイプの場合、ロックボタンはひんぱんに使うので、もうちょっと考えて欲しかった。

 機能的には驚くことばかり。カメラは30万画素なので、今さらという感じだけど、筐体の大きさを考えるとやっぱりスゴイ。レンズなんて2mmくらいの大きさしかないわけだし・・・。一番驚いたのはEZナビ機能。カーナビの普及もここ数年のことだと思うけど、今や自分の位置が表示される機能が20万円のカーナビではなく、一万数千円のケータイについてくるなんて・・・。実際はあんまり使わないと思うけど、方向音痴の人にはたぶん最高の贈り物(笑)。方向音痴の彼女(or彼氏)をお持ちの方は、クリスマスプレゼントに“NISHIKIGOI”なんてどうですか?

2003/10/12(日):厚底靴はどこへ消えた?

 最近、街ですっかり見かけなくなったものがある。一昔前(といってもわずか2、3年前)、一世を風靡した厚底靴。今どき厚底靴をはく女性なんて流行遅れの代名詞でしかない。といわんばかりにきれいさっぱり見かけなくなった。履かれなくなった厚底靴はいったいどこへ消えたのか?リサイクルに回された?そんなことはあり得ない。フリーマーケットでも流行遅れのものを買う人はほとんどいない。たぶん納戸にうずたかく積まれているかゴミとして捨てられたかどちらかだ。もったいない?いや、ファッションなんてそんなもんだ。はやりすたりがなくなったら服飾業界は死んだも同然。流行こそ洋服の生命線であることはいうまでもない。

 ちょうど厚底靴がはやっているときに、建築も厚底靴のようにもっと自由度を持つべきと主張している建築家がいた。デザインに自由度が必要という点は別に異論はないけれど、厚底靴のようにひとつの価値観だけを突出させる思考こそがデザインの可能性を切り開くという彼の主張は全く短絡的なものでしかない。厚底靴とシンクロする建築をつくりたいならどうぞご自由にという感じだが、それならば、厚底靴が消費されて消えてしまったように、その人の建築、あるいはその人自身も消費されて消えることを受け入れてもらいたい。まあ、そういう人ならば、時代の変化を敏感に感じ取って、厚底靴などなかったように華麗なステップワークを踏んで転身するのだろうから、心配には及ばない。でも、人は変われても建物はそうは簡単には変われない。残念ながら、靴とは違って流行遅れの建物は粗大ゴミに出すことも倉庫にしまうこともできないのだ。

 今は、思考の連続性というのはあまり評価されない時代だ。たとえつまみ食い的であっても、突拍子もないものが突然現れることが歓迎される。ジャンプこそが命でジャンプの方向性は考えに入れられない。せっかくジャンプしても次の瞬間には逆の方向にジャンプしているので、気がつくと元に戻っている(笑)。表面的にみれば実にいろんなデザインが展開し、建築雑誌などでは毎号のようにデザインの革命が起きている!! けれど、実際のところ革命が繰り返されているほど進歩しているとは思えないし、どんどん頭でっかちの方向に向かっているので、端から見ていると袋小路の中でただもがいているだけのようにしか映らない。

 僕は厚底靴に別に恨みはない。厚底靴自身には罪はないと思う。履きたきゃ履けばいいし、むしろ突然消えてしまった方が気味が悪い。気になるのは、厚底靴がはやり出すと当たり前のようにそれを受け入れ、すたれると厚底靴がはやったことすら忘れてしまうという刹那的な思考の方である。

 ある建築雑誌のちょっと前の号で“がっかり建築”の特集が組まれていた。短絡的な造形が日常的な使用に耐えられなくなった例を取り上げたものだが、それにうんうんとうなづいてはいけない。同じ雑誌の他の号では、数年後には“がっかり建築”になりそうなものが、“革命的建築”としてもてはやされているからだ。そのような短絡的な編集方針はほんと理解を超えている。

 “消費型思考”は今や人々の中に蔓延し、本来刹那的に考えてはならないはずの建築や都市や環境といった分野ですらそういう切り口でしか見れなくなっているのが恐ろしい。

P.S.厚底靴建築については去年も触れています(2002/09/24の日記)。

P.S.余談ですが“タマちゃん”っていうのもどこへ行ってしまったんでしょう? もちろん、突然やって来たアザラシのことではなく、人々の意識の上での“タマちゃん”のことです。

2003/08/17(日):異常気象の夏休み

 それにしても良く雨が降る。昨日まで連続5日間。今日は、雨こそ降っていないけど、どんよりと低く雲が低く垂れ込めとても真夏とは思えない日々が続いている。

 恒例の神宮花火大会も中止になってしまったし、せっかくの夏休みなのにガッカリしている人も多いんじゃないだろうか。

 暑すぎたり、寒すぎたり、異常気象にはもう慣れっこになってしまったけれど、それにしても今年の夏の天気ばかりは異常すぎる。ヨーロッパでは観測史上最高の熱波が襲っているそうだし、中国中部では洪水、逆に中国南部や台湾では干ばつ、と世界中がでたらめな気候になっている。

 8/12の産経新聞の一面には、気象庁の見解として「温暖化とは直結せず、原因は不明」とあるけれど、この表現はちょっとおかしい。温暖化は気候変動の一環としてとして現れるひとつの現象であって、原因ではないからだ。お腹の痛みは発熱とは関係がありませんと言っているようなもので、体調不良の結果として発熱したりお腹が痛くなったりするのだから、地球の気候変動がいろんな形で進行していて、それが現象として温暖化として現れたり、異常気象となって現れたりするっていう解釈に基づけば決して関係がないとはいえないと思う。

 深刻な危機に見舞われているというのに、いまいち環境への意識は高まっていない。拡大再生産型の経済活動そのものが危機に瀕しているというのに、相変わらず人々の関心はまず第一には“経済”であり“景気”である。エコロジーへの関心の高まりというのはもちろんあるけれど、自分の消費生活を犠牲にしてまでエコに取り組もうという人は少ない。車はバンバン売れ、ケータイは使い捨て。モノが売れてないのは、景気が悪いからであってエコに関心が向かうようになったからではない。だから環境のことを考えれば、景気なんて悪い方が良いのだ。

 同じく8/12の産経新聞の3面には、「観光ダブルパンチ」とあるけれど、異常気象による影響も人類の生存の危機への懸念ではなく、経済への影響の懸念の方が先なんて、新聞にはもはや期待なんか全くしていないけど、あまりにひどい切り口だと思う。

 そんなエラそうなことを言ってる割には、お前なんて最も環境に対して有害な産業に属しているじゃないかって?全くその通り。建設業なんて、今後絶対に縮小すべき産業だと思う(黙っていてもそうなるけれど)。コンクリートを流し込むm3数は社会全体から見れば少なければ少ないほど良い。でも人間が生存する限り建設行為は必要だし、要は長い目で見て必要なものを無駄なく作れば良いのだと思う。

 自分は最近巨大建築にはほとんど興味が無くなった。ポール・アンドリューの設計したパリのシャルル・ド・ゴール空港のような例外はあるけれど、カサばかりでかくて大味な建物ばかりだからだ。そもそも建築物の大きさと文化的価値とは関係がない。でもそうなっていないから、やはり建設業なんて古くさくて野暮ったい産業なんだろう。

2003/05/05(祝):「よく育つものはゆっくりと育つ」

 今日は午前中からE君主催のブランチ会。E君が立ち上げている“青山ご近所メーリングリスト”なる集まりの要するにオフ会のようなもの。といっても彼が突発的に企画するものなので、最悪彼一人だったりすることもあるのですが、今回に限っていえば大盛況でした。ちょっと遅れたので、彼の携帯に電話してみると「美女が山のようにいるので早く来い」とのこと。表現がオヤジノリだなと苦笑しつつも喜んでかけつけてしまうところが独り者の辛いところです(笑)。

 表参道から一段上がったところにあるテラス席は、通りの喧噪から距離をおいた感じがちょうど良く、ケヤキ並木の緑を前に過ごす時間は、東京の都心にはめずらしいくらいゆったりとした空気が流れていきました。

 この会のメンバーは青山という土地柄か個人で起業している人が多いので、独立したとはいっても今ひとつもたついている感のある自分には何かと刺激を受けることが多いのですが、そういう人達の会話の中でも「やっぱり地道が一番」というところで、妙に意見が一致したのは、なんだか自分のことを言われているようでうんうんと勝手に納得していました(笑)。

 「仕事はある程度来ているし、少しずつですが前進はしているとは思います。少なくとも後退はしていないでしょう」何気なく自分についてそう語った時、「それは凄いことだと思いますよ」と返されたのにはハッとするところがありました。Tさんによると、地道に前進する人の方が一発当てようとハッタリかます人よりも成功する可能性ははるかに高いという法則があるんだそうです。Mさんも言っていました。「一発屋さんはいっとき調子よくても何かにつまずくと上がったのと同じくらい落ち込んで、しかも莫大な負債を返済するためにはもはや地道に頑張るという選択肢はなく、一発大逆転をねらうしかありえなくなってしまう」と。「本当に成功している人は最初はものすごく苦労が多くてなかなか成果が現れなかった人が多い」とも。うんうん、自分のこと自分のこと(笑)。昨日は自分のビジネス?が置かれている厳しい状況を憂い、憂鬱ぎみに文章を書いてしまいましたが、今日はバラ色(笑)。こんなことで一喜一憂しているようでは本当はいけないんですけどね。

 村上春樹の“スプートニクの恋人”という小説の中につぎのようなくだりがあります。

「よく育つものはゆっくりと育つ」

青々と繁った表参道のケヤキを前にして、ふとそんな言葉を思い出してしまいました。

2003/05/04(日):効率の悪い“ビジネス”

 怒濤のように忙しかった1〜3月が過ぎ、4月になってからは少しは余裕もできるようになりました。しかし、その余裕というのは、“たまには早く帰れる日もある”とか“週に2日も徹夜しなくて済む”とかその程度のもので、休みというのは当然のごとくありません。この連休中、ようやく正月以来の休みを取ることができ、久しぶりに少しは息をついています。

 4月からは新しいスタッフも加わり、複数のプロジェクトの現場が始まり、さらに複数のプロジェクトの設計も始まります。3歩進んで2歩下がる位の感じで、極めて順調と言うほどではありませんが、とにもかくにもこの不況の時代に仕事があるということはありがたいことには違いありません。

 忙しいというと「そんなにまで稼ぎたいのか」と誤解を受けそうですが、稼ぎたいのではなく働かざるを得ないというのが実態です。とにかく、この世のビジネスという名の付くものの中で(※1)、設計事務所ほど稼ぎの悪いものはありません。そう言うと今度は「よっぽどお前のところは仕事の効率が悪いんだな」というおしかりを受けそうですが、私のところは私+スタッフ1名という少数精鋭でやっており、仕事を処理する能力にかけては世間の一般レベルと比べても十分に高いレベルにあることは、このHPを見ていただくだけでもわかっていただけるはずです(※2)。どんなに優秀な人が携わっても決して割に合わない商売、それが設計事務所というものなのです。

 簡単な計算をしてみましょう。私の事務所の場合というよりも一般的なケース(一般的なアトリエ事務所の実態、組織事務所のような規模の大きいところはだいぶまし)です。仮に2500万円の住宅の設計・監理を受注する場合、設計料率10%とすれば設計料は250万円です。もし、設計事務所の所員が世間並みの給料を受け取るとした場合、この250万円に一体どれくらいの労力が割けるのでしょう?設計事務所の所員の年収の平均を仮に600万円として、事務所の維持には様々な経費、さらに設計に関わっていない事務の人の給料も必要ですから、設計スタッフ一人当たりに換算すると年間で1200万円は稼がなくてはなりません。一方、年間で働く日数は週休2日に正月休み、夏休み、連休、有給休暇を引くと年間で220日くらいですが、研修や営業などに費やされる日数を除くと純粋にプロジェクトに振り向ける日数は200日くらいです。つまり、1日当たりに直すと、1200万円÷200日=6万円を稼がなくてはならないということです(※3)。

 つまり、一軒の住宅の設計にかけられる日数は250万円÷6万円/人・日=42人日しかないことになります。一人が42日間で設計と監理を行うことは不可能ではありません。打合せはちょぼちょぼ、詳細図は描かず、現場にもあまり出向かなければ可能です。しかし、設計事務所に仕事を頼むような方々がそんな仕事ぶりで満足されるはずはありません。少なくともその3倍、ちょっと労力がかかるものだと4倍は働かなくてはならないというのが現実でしょう。

 その4倍の落差はどこで埋まるのか?これに特効薬はありません。設計というのは知的作業ですから、合理化というのはたかが知れてます。ひとつひとつのプロジェクトに対し、ありとあらゆる可能性の中から、ひとつの状態だけに着地させる。しかも、全ての面にわたっての技術、法規、コストの裏付けが必要となる。たくさんの打合せをこなし、たくさんの絵や模型を作り、たくさんの図面を描き、たくさんの書類を作成し、何回も現場に足を運ばなくてはならない。こんなビジネスは他にはないと思います。ですから、稼ぎは1/2。働く時間を倍にして、つじつまを合わせるしかないのです。つまり、年収は一人平均300万。労働日数は年間400日。事務所もとにかくコンパクトにして経費を節減する。そういうことです。違う言い方をすれば、もし設計事務所が正当な労働の対価として世間並みの報酬を得るとすれば、一般的な住宅レベルだと、30%〜40%の設計料を頂かなくてはならないということです。

 どうやっても経営のつじつまが合わないため、実は、多くの事務所では荒技が使われています。事務所兼住宅で仕事をする、奥さんも一緒に働くなんていうのは、まだ序の口。所員を近くに住まわせ交通費を浮かす。若い人を修行と称して月5万円で雇う。オープンデスクの学生にタダで模型を作らせる。そういうことは当たり前のように行われていることです。

 30%の設計料は決して暴利ではありません。違う説明をしてみましょう。住宅メーカーは実は3割から4割の営業経費を取っているといるといわれています。最近、メディアにおいて設計事務所に頼むと住宅メーカーに頼む3割から4割の経費が10%そこそこの設計料で済む。だから、設計事務所に頼む方が得。というようなことが言われているようです。しかし、それは本当はおかしなことなのです。それは設計事務所というところがとんでもない安い報酬で働いているからこそ成立している理屈なのです。設計事務所だってまともな報酬を請求することができれば、3割というのが妥当なところだというのは上の説明と符合します。そもそもフルオーダーで作るものが規格品ないしはセミオーダー品よりも安いなんて他の分野では考えられません。洋服だって、キッチンだって、オーダー品は少なくとも数10%。ものによっては数倍の価格になるというのが常識です。

 日本では知的労働に対して正当な対価が払われないというのはよく言われますが、設計料についての認識は以前に比べだいぶ高まってきているように思います。それでも、まだまだ30%の設計料がいただける状況ではありません。少しずつ底上げはされていて、これからは徐々に改善されてゆくでしょうが、全体が10%そこそこの相場のなかで私だけが30%なんてとてもとても・・・。おそらく、それじゃあ、誰も仕事は頼んでくれないでしょう。全体の価格に潜っていれば、3割〜4割でもまあそんなものかとポンと払ってくれますが、価格が顕在化し別途計上となるととたんにニの足を踏まれてしまう。残念ながらそれが現実だと思います。フルオーダーのものがセミオーダーのものと同じ価格で手に入る。だから安い。少なくとも、それくらいにはなってもらわないと我々としては非常に辛いのです。

 ユーザー側に取っては、価格は安い方がいいに決まっています。でも、あまり安いといろいろとひずみが出てしまいます。お金を払っているのだからあれもこれもやって当然でしょというような言われ方を時たまされることがありますが、決して当然ではないことだけはわかっていただきたいのです。

 そこまでして何で設計なんて仕事をするのか?はっきり言って馬鹿なのかもしれません(笑)。馬鹿じゃきゃこんな仕事はつとまらないでしょう。ひょっとしたら「仕事」ですらないのかもしれません。たまたま好きなことをやっていて、それが「仕事らしきもの」につながっている。それだけのことです。“好きこそものの上手なれ”というではありませんか。でも、好きなことをやるのは、実は最も効率がよいのです。それは金銭的な効率ではなく、“生きる”ということに関しての効率である。それは言うまでもないことです。

 

注(※1):ビジネスと名の付かない分野について、もっともっと悲惨な分野があることは否定しません。アートとか演劇とか登山とか・・・。全くお気の毒さまです(笑)。でも、仕方がありませんね。好きでやっていることですから。

注(※2):こんなHP作ってるから効率悪いんだろうって。う〜ん、全くその通りかもしれません(笑)。

注(※3):この単価は他の業界では標準的な単価です。大企業などではもっと高く設定されているはずです。

2003/02/28(金):魂を売り渡した東京スタジアム

 明日、3月1日から調布にある“東京スタジアム”が“味の素スタジアム”と名前を変えます。何それ?って驚かないでください。

 これは、「ネーミング・ライツ」(命名権)という、アメリカで今はやりの資金調達の方法なんだそうです。平たく言えば、スタジアムに企業名をつけることで広告収入を得るということです。シアトル・マリナーズの本拠地「セーフィコ・フィールド」も、地元の保険会社・セーフィコが同球場のネーミング・ライツを獲得して命名されたものなんだそうです。

 なんでも売り買いされる時代ですから、別にスタジアムの名前が売り買いされても驚くには値しません。しかし、地域密着を掲げたスタジアムにもかかわらず、経営のためだけに地域名がはずされ企業名がかぶせられることには強い矛盾を感じます。

 ちなみに東京スタジアムのサイトには次のように書いてありました。

「当社が目指す“スポーツなど豊かな生活文化を育み、地域に愛され、自立的な経営を行う新世紀型スタジアム”の実現に必要な資金を調達するため、ネーミング・ライツを導入します。 」(太字部分に特に注目)

 この文章を私なりに翻訳すると次のようになります。

「要するに地域に愛される生活文化のための施設も金がなければ始まらない。

 東京スタジアムは株式会社(第3セクター)として運営されている施設のようですが、れっきとした公共施設です。しかも、地域密着を掲げるJリーグの2チーム(東京ヴェルディ、FC東京)がホームスタジアムとして使用しています。Jリーグでは、「地域のためのクラブという理念」を貫徹するために、チーム名にかぶせられていた企業名を引っ剥がすという“英断”が下されたのは周知の事実です。ナベツネ氏だけでなく、多くの企業経営者の猛烈な反対を押し切ってまでそうしたのです。でも、なぜだかはわかりませんが、Jリーグの理念はスタジアムまでは届かなかったようです。

 味の素とのネーミング・ライツ契約は5年間とされています。つまり、5年後は味の素スタジアムではなく、“キッコーマンスタジアム”になっているかもしれませんし、“サントリースタジアム”になっているかもしれないのです。公共的な施設の名前の寿命がたかだか5年しかない!! 仮に5年後再び名前が変わったにしても、5年間で12億円という莫大な契約料をもってすれば、名前の更新に伴う費用など容易に捻出できてしまうことでしょう。しかし、社会全体に浸透している“名前”の存在を全て刷新することは12億なんていう価値ではとても図れないと思います。

 アメリカという国は、価値観のものさしがあまりにも計測可能な価値(ほとんどはお金)に偏っている国です。それゆえ、今世界の中での嫌われ者になりつつという見方もできるのではないでしょうか。この国ではいとも簡単にアメリカのやり方がお手本として輸入されますが、カネという利益よりももっと大事なものがあるということをこの国の人々も次第に忘れつつあるようです。いっそのこと、今回の変更に伴うサインの変更、地図やガイドブック、紹介記事などの出版物の更新に伴う費用、公共施設にもかかわらず私企業の名前がつけられることの精神的な苦痛などの賠償を求めて集団訴訟としておこしてみたらどうでしょうか?利益追求には利益追求をもって対抗する。アメリカでは当たり前に行われていることですから、マネするならそうことまでマネすればいいのです。

 計測可能な価値を上回る価値観を体現するのが“文化”なんではないでしょうか。文化を語りながら、魂を容易に売り渡す。ありがちなことですが、ここでもうわべだけの言葉の空しさを感じた次第です。

 

P.S.:ナベツネ氏に感想を聞いてみたいですね。もし、“味の素スタジアム”が許されるのなら、“読売ヴェルディー”だって全然OKだと私は思いますけどね。いっそのこと、5年後にネーミング・ライツを買い取って、“ナベツネスタジアム”とするのは、どうでしょう? でも、競争に負けて、朝日新聞スタジアムとかになっちゃったりして(笑)。“読売”の本拠地が“朝日新聞スタジアム”なんてなかなか素敵ではないですか。

P.S.その後、グリーンスタジアム神戸にもネーミングライツが導入され、Yahoo BBスタジアムと命名されたそうです。暫定的な“権利”でしかないネーミングライツがあっちこっちで導入されるとどうなるのでしょう?5年後は、鹿島スタジアムがYahoo BBスタジアムとなっているかもしれませんし、上野の文化会館がYahoo BBホールになっているかもしれません。一方、味の素スタジアムは新潟スタジアムの代名詞となっているかもしれません。きっと、そうなってからあたふたと対策が練られるんでしょうね。

P.S.:また別の機会に詳しく触れたいと思いますが、公共性というものはカネには換算できません。いや、その言い方は適切ではありませんね。カネに換算できない共有価値のことを“公共性”という。そういう言い方の方が正しいでしょう。

2003/01/31(金):「黙して語らず」

 「だらだら日記」死んでしまったんじゃないかとご心配の皆様。ご安心下さい。どっこい生きてます(笑)。でも、最近とみに忙しく、日記どころではない毎日が続いています。それでも、ふっと時間が空いた時、仕事に飽きた時、ちょこちょこっと書いてはいるのですが、ある分量になって、フィニッシュさせようかなと思うと「やっぱ、やめとこ」。結果、私のパソコンの中には書きかけの日記がうずたかく積まれたままになっています。

 最近はどっぷりと設計モードに浸かっていて、毎日毎日馬車馬のように働いているので、書くべきことと言えば、どうしても仕事がらみのことになってしまいます。でも、現在進行形の仕事の話というのは、実はなかなか書けるものではありません。

 自分は作ってなんぼの世界に生きています。人間というのは、批評能力の方が、自分自身の行動力を常に上回るように出来ているもの。これには例外はないと思います。批評家の方々は自分のことはタナに上げて言いたいことをおっしゃいますが、残念ながら我々にはそれができません。もちろん、我々にも自由に批評する権利というのはあるはずですが、やっていることのギャップが大きければ、結局、言っていることも信用されなくなるでしょう。言いたいことがあれば、それ以上のことを行動で示さなくてはならない。それがものづくりに関わっている人の宿命です。

 「ゲニウス・ロキ」などと言っていながら、実際はコンクリートの箱をただ組み合わせて並べているだけの有名建築家の方がいらっしゃいますが、自分はそんなふうにはなりたくありません。

 というわけで、しばらくは「黙して語らず」。しゃべる余裕があったら、少しでも、今やっている仕事に精力を注ぎたいという感じでしょうか。

 

P.S.その割には、しゃべっているじゃないかって?当たりです。あなたは勘がいいかもしれません。

2003/01/05(日):吉祥寺観察日記vol.1・・・First Impression

 年が明け、吉祥寺の街をぶらぶらと散歩してみたら、来た当初とは街の印象が随分と違う。特段、目立ったビルができたりとか、新しい通りができたりとかそんなことはないんだが、たかだか4年余りで、店の変わりようといったら凄まじい。通りによっては半分くらいが入れ替わっているのではないかと思えるぐらいだ。ゲームセンターやドラッグストア、ディスカウントストア、美容室が随分と増え、見知らぬカフェやバーもたくさん出来ている。ラーメン屋、おしゃれ系居酒屋、エスニック料理の店もこんなにはなかったはずだ。三浦屋が99円スーパーになり、西武スポーツがロフトになり、近鉄百貨店が大塚家具に変わっている。ガムラスタンやピエニクレや有楽食堂といった店は既になく、違う店になっている。概して増えているのは大手資本が経営するおしゃれ系の店。スターバックス、TSUTAYA、KIHACHI CAFE、KOBEYA etc.どこでも見かける店がこの街にも当然のように顔を出している。特にサンロードとか七井橋通り(駅から井の頭公園へ至る道)のようないわゆるメーンストリートはどこにでもある店が次第に浸食しつつある。反面、こだわり度の高い個性的な店も取りあえずは生き残っているようだし、街はずれとか路地裏とかには明らかに個人経営と思われるちっちゃな店舗も生まれてきてはいる。

 これを街の発展とみるべきか、それとも歓迎せざる変化と見るべきか、はたまたやむを得ない時代の趨勢と見るべきかは難しい。そういうことについて断定的なことが言えるためにはもう少し観察が必要だ。何しろまだ来たばっかりで街の極めてうわっ面しか見ていない。でも、ひとつだけ言えるのは、デフレ不況と言われ続け、全国の商店街が青息吐息でアップアップしている中にあって、こんなにも元気のある街は珍しいのではないかということ。店じまいしてしまった店はあってもそれがそのままになっているところはほとんどなく、必ず新しい店が入ってきているし、全体としては店の数は確実に増えている。店が置き換わるということは投下する資本と意欲がそこにあるということだから、それ自体街が生きているということの証拠にはなっていると思う。

 吉祥寺が面白いのは街がいろんな顔を持っているところ。デパートや駅ビル、専門店ビルが林立するターミナル都市としての顔。個性的なお店が集まる中央線文化の中心地としての顔。落ち着いた住宅都市としての顔。しかもあらゆる切り口において一筋縄の解釈を許さない多様性というものがある。

 そして、忘れてはならないのが井の頭公園の存在。港がなかったら横浜という街があり得なかったように井の頭公園がなければ、吉祥寺という街もまたあり得なかったはずだ。実際、最初吉祥寺に住む時に、「公園のある街」というのをテーマに住むところを探したんだが、公園と街が持ちつ持たれつ程良い関係を保っているところは東京ではなかなか見つからなかった。公園には池があり、弁天様がいて、水族館や動物園まである!!自分の住む街に動物園があるなんてそれだけでかなり素敵なことには違いない。

 この街の多様性は空間的にも裏付けられている。およそ街が街らしくあるために必要な要素が質、量ともに揃っていて、それらが棲み分け出来る空間的な構造が非常に狭い地域の中に凝縮されている。駅からビルの内部へ、ビルの内部からアーケード街へ、アーケード街から横町へ、横町から路地裏へ。お店を歩いていると住宅街になり住宅街がいつしか公園になる。一見唐突なようで全てがつながっているから歩くだけでも楽しめる。

 街というものは本来、人の生活に必要な様々な活動が集積した場所である。ところが東京のように街があまりに肥大化すると、機能分化が進んでしまい、ある範囲の中にいろんな要素が凝縮した場所というものはむしろ少なくなる。新宿は確かにいろんなものがあるけれど、あまりに巨大すぎて移動するのにくたびれる。それにスーパーとか、市場とか、日常生活に密着した身近なものを探すのはかえって困難だ。新宿は基本的に住むところではなく、働くところ、買物するところ、遊ぶところなのだ。下北沢はごちゃごちゃしているところは吉祥寺と似ているけれど、若者に特化しているし、公園のようなゆとり系の要素があきらかに不足である。対照的に都内各所に点在している商店街を中心とした街は確かに生活感には溢れている。でも、こんどは街らしい華やかさには欠けてしまう。

 吉祥寺は青山ほどスノッブで高級な街ではもちろんない。でもその辺の商店街とは一線を画していることも確かだ。中央線文化というように安易にくくりたくはないけれど、確かに吉祥寺らしい雰囲気というものはある。同じ山の手といっても世田谷あたりの雰囲気ともだいぶ違う。こだわりの店は多いけど、老舗としての敷居の高さというよりは、くせのあるマスターとうまが合うか、そんな感じかもしれない。ひとことで言って、この街は普段着の街。冬はカシミアのコートよりもジャンパー、夏はジャケットよりもTシャツにサンダル。ベンツよりもゴルフ。車よりもバイク。バイクよりも自転車が似合うといったら言い過ぎだろうか。

 もちろん、この街が全てうまく言っているなんて思わない。ギラギラと落ち着きのない街に少しずつなってきているような気がするし、都会の街に特有のよそよそしさというものももちろんある。車や自転車が溢れているのは相変わらずだけど、道をガバッと広げてはこの街の良さも半減なので痛しかゆしというところか。最大の心配は大手資本の流入。大手が入ることは必ずしも悪いこととは言えないが、単なる消費都市になりさがってしまうのは怖い。都市とは生産と消費が同時に成り立っていることが重要で、片方だけになると確実に疲弊してしまうからだ。本来、生活するという行為は働くことも遊ぶことも全て含んでおり、それらが包括的にそこになければ、生きた都市とはとても言えないと思う。そういう意味でこの街もこれからがむしろ正念場だという気がしている。

 

P.S.:この街のことを説明するのにはずいぶんと骨が折れた。どういうふうに説明してもこの街がなんたるかはうまく語れていないような気がして、四苦八苦。でもそれでいいんである。簡単に説明できる街なんて大したもんではないのだ。空間のモデルとしても、街づくりのモデルとしても、吉祥寺は特筆すべきものをもっていると思うけど、またそれは別の機会に書くことにします。

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